にむの森と私


     《 にむの森と私 》      


1954年、私が2歳の時に大雪山の層雲峡地方を
猛烈な風台風が襲い、ここの原生林の70%の木が
倒れる。「倒木は3年で腐るので60年分の
伐採量を3年で上川町の工場で製材にするという
すごい仕事量」。
これをきっかけに馬搬が消えブルトーザーや
トラックへ転換される。
またこの収益で祖父は札幌市内の土地や
30年手付かずの森を買う。
1975年、私は父の会社に入社、札幌や浜松での
材木営業、大雪山での造材・造林、上川町での
製材工場を経験する。
しかし20年前1954年の台風をようやく生き延びた
原生林の木を容赦なく伐ることに罪悪感を覚え
木材業が好きになれず、
父も木材輸入自由化の流れを懸念し、
協議の末1990年会社を売却する。
その後木材会社で導入したコンピュータの
知識を活かしコンピュータ機器販売と
ソフト開発会社を起業。
札幌市役所を始め多くのシステムを手がけるが、
2010年に業界の変化により社員と得意先を
他社に移籍し円満に事業を終える。

2004年、札幌市内にある祖父が買い
当時は父所有の森に初めて入り、精霊が住む
別世界のような自然林に深く心を打たれる。
もう一つの父の森、上川町のトドマツ人工林は
暗く荒れ放題で入るのも躊躇する。
同じ放置林でも自然林と人工林ではこうも違う
ものかと考えさせられる、
なので札幌の森は今後もできるだけ人の手を入れず
長い年月をかけて原生林に近づけることを決意し、
父からこの森を譲り受ける。
但し都会の人も入れるように林野庁の交付金を活用し、
9年かけて森一周トレイル道とトイレ、
森一周熊除け電気柵を整備する。
また森への負荷が最も少ない休憩施設として
樹上建築に着目し、
2009年に小林崇氏のツリーハウスビルダースクール
で基礎を学び、翌年からツリーハウス作りを開始、
現役大工のまっちゃん達の協力と
教えにより2012年に完成する。       
その後、この森を「にむの森」(アイヌ語で木に登る)
と名付ける。
また、自然を敬うアイヌ文化の担い手、
川上裕子(ひろこおばちゃん)と出合い
アイヌ文化勉強会を毎年開催、
2021年からはアイヌの祭り「にむ祭り」を毎年7月に
開催していて、祈り、先祖供養、結婚式、
アイヌ料理出店、歌と踊りのパフォーマンスを
一日中行う
2018年にはアンジーちゃん、お京ちゃん、
こぐま君を始め多く人の助けで2年半かけて
2棟目のツリーハウスも完成する。
そんな中、世界にも目を向け、ガイドのこぐま君の
案内でアメリカ、カナダ、コスタリカの
ツリーハウス行脚をはじめ多くの国の森を見に行く。


 

20年以上にむの森と向き合う中で、
自然は人が支配するものではなく、
森に生きる生物は皆、助け合っていることを実感する。
人だけが自然から離れ争いに明け暮れしているように
見える。皆さま、ぜひ「にむの森」に来て、
自然の中で癒されながら、森の生き方を感じて
頂けたら嬉しいです。
 2026年3月
 一般社団法人 にむの森 よこやま まこと
 2026・2・28



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